シェアリングエコノミーを通じた地域人材育成:学習機会の創出とソーシャルキャピタル形成の観点から
はじめに:シェアリングエコノミーと地域社会の変容
近年の技術革新、特に情報通信技術の発展は、多様な財・サービスの共有を可能にするシェアリングエコノミーという新たな経済活動形態を社会に浸透させています。この動きは都市部のみならず、地域社会においても資源活用の効率化や新たな収益機会の創出といった観点から、地域活性化への寄与が期待されております。一方で、シェアリングエコノミーの導入と拡大は、既存の経済構造や社会関係に少なからぬ影響を与え、様々な課題も顕在化させています。
本稿では、シェアリングエコノミーが地域にもたらす多角的な影響のうち、特に地域における「人材育成」という側面に焦点を当てて議論を進めます。単なるスキル習得に留まらず、地域社会における非公式な学習機会の創出や、コミュニティ内の信頼・協力関係を示すソーシャルキャピタルの形成・変容といった観点から、シェアリングエコノミーが地域人材にもたらす影響とその課題について理論的に考察することを目的といたします。
シェアリングエコノミーが地域人材に与える影響の構造
シェアリングエコノミーは、利用者、提供者、そしてプラットフォーム運営者という多様な主体によって構成されます。これらの主体が地域内でインタラクションを重ねる過程で、以下のような形で地域人材に影響を与えうると考えられます。
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新たなスキルの獲得機会:
- デジタルスキル: プラットフォームの利用には、デジタルデバイスの操作やオンライン決済、コミュニケーションツールの活用といった基礎的なデジタルスキルが不可欠です。これは、特に高齢者やデジタル利用経験の少ない層にとって、新たな学習機会となり得ます。
- ビジネススキル: サービス提供者にとっては、自身のスキルや資源を商品化し、価格設定、顧客対応、マーケティング、収支管理といった一連のビジネスプロセスを経験する機会となります。これは、小規模事業者や個人が新たな事業を立ち上げる上での実践的な学びを提供します。
- コミュニケーションスキル・異文化理解: 地域内外の多様な利用者や提供者との交流を通じて、コミュニケーション能力の向上や異文化への理解が進む可能性があります。特に観光関連のシェアリングサービスにおいては、地域住民が外部からの訪問者と直接触れ合うことで、地域の魅力再発見や多角的な視点の獲得につながることが期待されます。
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非公式な学習機会の創出:
- シェアリングエコノミーの利用や提供の過程では、マニュアル化されていない現場での試行錯誤や、他の参加者からのフィードバック、成功・失敗事例の共有といった非公式な学習が頻繁に発生します。これは、既存の公式な教育システムではカバーしきれない、実践的で文脈依存的な知識・技能の習得を促します。
- 特に、地域資源(空き家、農産物、スキルなど)を活用するタイプのシェアリングにおいては、その資源に関する専門知識や地域固有の知恵が共有されるプラットフォームとなり得ます。
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ソーシャルキャピタルの形成と変容:
- シェアリングエコノミーは、見知らぬ個人間での信頼に基づく取引を促します。評価システムや相互レビューといった仕組みは、限定的ながらも新たな信頼関係(結合型・橋渡し型ソーシャルキャピタル)を構築する基盤となり得ます。
- 地域内の住民同士がサービス提供や利用を通じて関わることで、既存のコミュニティ(結合型ソーシャルキャピタル)が強化される可能性もあれば、新たな役割分担や関係性が生まれ、コミュニティの構造が変容する可能性も考えられます。地域外からの参加者との交流は、地域に不足している外部からの知見やネットワーク(橋渡し型ソーシャルキャピタル)をもたらす契機ともなり得ます。
地域人材育成における課題と論点
シェアリングエコノミーが持つ人材育成のポテンシャルを地域活性化に繋げるためには、克服すべきいくつかの課題が存在します。
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デジタルデバイドと情報格差:
- プラットフォームへのアクセスや活用にはデジタルリテラシーが不可欠であるため、これに関する格差は、シェアリングエコノミーを通じた学習機会へのアクセス格差に直結します。これにより、既存の情報弱者がさらに孤立し、人材育成の恩恵から取り残されるリスクがあります。
- 特定の層(高齢者、低所得者など)に対する丁寧なサポートや研修プログラムの提供が喫緊の課題となります。
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非公式学習の質と効果の評価:
- シェアリングエコノミー内で発生する非公式な学習は、その内容や効果が可視化されにくく、体系的な評価や改善が難しい側面があります。どのようなスキルが、誰の間で、どのように共有されているのかを明らかにするためには、質的な調査や参加観察といった学術的手法によるアプローチが求められます。
- 学習成果を地域全体の知として蓄積し、次に繋げるメカニズムの設計も重要です。
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ソーシャルキャピタル形成の諸刃の剣:
- シェアリングエコノミーを通じた新たな関係構築は有益ですが、特定の利用者・提供者間に閉じたネットワークが形成され、既存住民や非利用者を排除するような「内集団バイアス」を生み出す可能性も指摘されています。
- また、経済的な取引関係が主となる中で、地域における非営利的な互助関係や伝統的な共同体における信頼関係が希薄化しないか、という社会構造的な課題も議論する必要があります。ソーシャルキャピタルの「形成」だけでなく「変容」あるいは「破壊」の側面についても深く分析する必要があります。
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既存教育・研修システムとの連携不足:
- シェアリングエコノミー内で培われる実践的なスキルや経験と、地域が提供する公式な職業訓練やリカレント教育プログラムとの間に連携が不足している現状があります。これにより、シェアリングエコノミーでの経験が個人のキャリア形成や地域経済の活性化に十分に結びついていない可能性があります。
- 地域大学や専門学校、NPO等がプラットフォーム事業者と連携し、マイクロクレデンシャルプログラムの開発や、実践的なインターンシップ機会の提供などを通じて、両者の間を橋渡しする仕組みが求められます。
対策と今後の展望
シェアリングエコノミーを地域人材育成の有効なツールとするためには、理論と実践の両面からのアプローチが必要です。
- 政策的介入: 地域レベルでのデジタルスキル向上支援プログラムの実施、シェアリングエコノミー事業者と教育機関の連携促進、地域特有の資源を活用したシェアリングサービスの開発支援とそれに伴う人材育成プログラムの設計などが考えられます。
- プラットフォーム設計の工夫: ユーザーインターフェースにおける学習支援機能の強化、地域住民限定の交流イベント機能の実装、地域内のメンターと連携したサポート体制の構築などが、プラットフォーム側からの貢献として期待されます。
- 学術的研究: シェアリングエコノミー参加者の学習プロセスに関する質的・量的な研究、ソーシャルキャピタル形成・変容メカニズムの解明、そしてこれらの地域経済・社会への影響に関する長期的な追跡調査が不可欠です。既存の社会学、教育学、経済学、地域研究などの理論的枠組みを用いた多角的な分析が求められます。具体的な事例研究においては、定量・定性データの収集と分析に基づいた厳密な評価が不可欠となります。
結論
シェアリングエコノミーは、地域における新たな経済機会を創出するだけでなく、地域住民に対する多様な学習機会を提供し、ソーシャルキャピタルを形成・変容させる可能性を秘めています。しかし、そのプロセスにはデジタルデバイド、非公式学習の質、ソーシャルキャピタルの負の側面、既存システムとの連携といった様々な課題が内在しています。
これらの課題を克服し、シェアリングエコノミーを通じた地域人材育成を地域活性化の持続的なエンジンとするためには、政策担当者、プラットフォーム事業者、そして地域住民自身が協力し、計画的かつ包摂的な戦略を推進する必要があります。そして、この取り組みを学術的な知見に基づいて評価し、継続的に改善していくことが、今後の重要な論点となるでしょう。本稿での議論が、地域におけるシェアリングエコノミーと人材育成に関する更なる研究と実践的な取り組みの一助となれば幸いです。