シェアリングエコノミーが地域における非公式学習機会の創出と世代間交流にもたらす影響:教育社会学的・社会資本論的視点からの考察
はじめに
シェアリングエコノミーは、財やサービス、スキル、時間などを個人間で共有する経済活動であり、地域経済の活性化や遊休資産の活用、新たな雇用創出などの側面から注目されております。これまでの議論では、経済的影響や法規制、プラットフォームのガバナンスといった側面が中心的に扱われてまいりました。しかし、シェアリングエコノミーが地域社会にもたらす影響は、より広範であり、人々の学びや交流の機会、ひいては社会関係資本の構築といった社会構造的な側面にも深く関わると考えられます。
本稿では、シェアリングエコノミーが地域社会における「非公式学習機会の創出」および「世代間交流」にどのような影響をもたらしうるのかを、教育社会学および社会資本論の視点から理論的に考察いたします。特に、地域に内在する知識や技能がプラットフォームを通じて顕在化し、共有されるプロセス、そしてそれが地域住民の学習機会均等や世代間の社会関係資本構築にどう寄与するか、あるいは新たな課題を生み出すかについて分析を行います。
非公式学習機会の創出とシェアリングエコノミー
教育社会学における学習概念は、学校教育というフォーマルな場に限らず、家庭、地域社会、職場など、様々な場で行われる非公式学習(Informal Learning)や非正規学習(Non-formal Learning)を含みます。非公式学習は、意図的でない日常的な経験や交流を通じて生じる学習であり、個人の知識や技能、価値観の形成に重要な役割を果たします。
シェアリングエコノミーは、特定のスキルや経験を持つ個人が、それを必要とする別の個人に対してサービスや知識を提供するプラットフォームとして機能します。これは、地域に埋もれていた専門知識や伝統技能、生活の知恵などが、プラットフォームを介して「見える化」され、非公式な学習機会として提供される可能性を示唆しています。例えば、特定の伝統工芸の技術を地域住民に教える、地域の歴史や文化について語る体験を提供する、高齢者が持つ料理や裁縫のスキルを共有するなど、多岐にわたる非公式な学びの場が生まれることが想定されます。
このような非公式学習機会の創出は、正規の教育システムへのアクセスが限られる人々や、特定の関心を持つ人々にとって、新たな学習経路を提供し、知識や技能の習得、自己実現の機会となり得ます。地域内に存在する多様なスキルや経験が流通することで、地域全体の「知識ストック」が活性化され、持続的な学習文化の醸成に寄与する可能性が考えられます。
世代間交流とシェアリングエコノミー
地域社会においては、少子高齢化の進行や核家族化などにより、異世代間の交流機会が減少しているという社会課題が指摘されております。世代間の交流は、知識や経験の継承、異なる価値観への理解、そして社会関係資本の構築において極めて重要です。
シェアリングエコノミーのプラットフォームは、世代を超えたスキルやサービスの提供・享受を促進する仕組みとなり得ます。例えば、高齢者が持つ豊富な経験や技能(例えば、庭仕事、電球交換といった生活スキル、地域の歴史に関する知識など)を若年層や子育て世代に提供するサービス、あるいは若年層が持つデジタルスキルや語学スキルを高齢者に教えるといったマッチングが考えられます。このようなサービスを通じた物理的あるいはオンラインでの交流は、単なる経済的な取引に留まらず、互いの経験や知識を共有し、共感を育む場となり得ます。
社会資本論の視点から見ると、シェアリングエコノミーを通じた世代間交流は、地域における「ブリッジング型社会資本」(異なる属性を持つ人々をつなぐネットワーク)や「ボンディング型社会資本」(同質の人々を結びつけるネットワーク)の構築に寄与する可能性があります。特に、これまで接点が少なかった異なる世代の人々が、共通の活動(例えば、共同での作業、スキル習得、体験共有)を通じて関係性を構築することは、地域社会全体の統合性やレジリエンスを高める上で重要な意義を持ちます。また、プラットフォーム上の評価やレビュー機能は、見知らぬ者同士の信頼形成を促進する役割を果たしうる一方、地域における既存の人間関係や信頼構造とどのように相互作用するかは、さらに分析が必要な論点です。
課題と対策
シェアリングエコノミーが地域における非公式学習機会の創出や世代間交流に潜在的な可能性を持つ一方で、解決すべき課題も存在します。
第一に、デジタルデバイドの問題です。シェアリングエコノミーのプラットフォーム利用にはデジタルデバイスやインターネット環境、そして一定のリテラシーが必要不可欠です。これらの環境やスキルが不十分な地域住民、特に高齢者層は、サービス提供側としても利用者側としても参加が困難となり、新たな格差を生む可能性があります。対策としては、地域におけるデジタルインフラ整備と並行して、高齢者やデジタル弱者向けの丁寧な利用支援・リテラシー教育プログラムを、自治体や非営利組織が主導して提供することが求められます。
第二に、提供される非公式学習やスキルの「質」の担保と標準化の課題です。非公式な場での学びは、必ずしも体系的でなく、提供者のスキルや知識の正確性も均一ではありません。質の低い情報や誤った知識が伝播するリスクも存在します。地域に根差したNPOや教育機関、あるいは自治体が、提供されるサービスやコンテンツのキュレーション、あるいは地域固有の知識・技能のデータベース化と品質管理に関与することが考えられます。
第三に、サービス提供者・利用者の偏りの可能性です。特定のスキルを持つ層や、積極的な活動を好む層に利用が偏り、真に支援を必要とする人々や、地域社会の中で孤立しがちな層に情報や機会が届かない可能性があります。地域包括ケアシステムの考え方を取り入れ、地域の福祉・医療・教育関係機関との連携を図り、潜在的なニーズを掘り起こし、アウトリーチ型の支援を行うことが重要です。
第四に、地域固有の知識や伝統が、シェアリングエコノミーという「サービス」として切り出される過程で、その本来持つ文脈や精神性が失われたり、過度に商業化されたりするリスクです。地域文化や伝統の保護・継承という観点から、単なる経済的価値だけでなく、その文化的・社会的な価値を適切に評価し、持続可能な形で共有するための仕組み作りが必要です。地域住民や有識者によるガバナンス機構を設けることも一案です。
結論と展望
シェアリングエコノミーは、単なる経済活動の効率化に留まらず、地域社会に内在する多様な知識やスキルを顕在化させ、非公式な学習機会を創出する可能性を秘めています。また、世代間の物理的・社会的な隔たりを乗り越え、交流を促進し、新たな社会関係資本を構築する契機となり得ます。これらの可能性は、特に高齢化や過疎化が進む地域において、地域活力を維持・向上させるための重要な要素となりえます。
しかしながら、デジタルデバイド、サービスの質、参加者の偏り、地域文化の変容といった構造的な課題も伴います。これらの課題を克服し、シェアリングエコノミーの潜在力を地域社会の持続可能な発展に真に繋げるためには、単にプラットフォームを導入するだけでなく、教育社会学や社会資本論といった学術的知見に基づき、地域の実情に合わせた慎重な制度設計、公的機関や既存の地域組織との連携、そして住民参加型の継続的な改善プロセスが不可欠です。
今後の研究においては、具体的な地域事例におけるシェアリングエコノミーの導入が、非公式学習や世代間交流にどのような定性的・定量的な影響を与えているかを実証的に分析することが求められます。また、異なるタイプのシェアリングエコノミー(例:スキルシェア、モノのシェア、場所のシェア)が、それぞれ非公式学習や世代間交流に与える影響の差異についても、理論的な深化と実証的な検証が必要となるでしょう。これらの研究成果は、地域特性に応じた最適なシェアリングエコノミーのあり方や、地域活性化に資する政策立案に貢献するものと考えられます。