シェアリングエコノミーによる地域コミュニティ変容:ソーシャルキャピタルの視点からの分析
はじめに
近年、デジタルプラットフォームを介した財やサービスの共有、交換、賃貸などを包含するシェアリングエコノミーは、都市部だけでなく地方においても普及が進みつつあります。地域経済の活性化や新たな雇用創出への期待がある一方で、その社会構造、特に地域コミュニティのあり方への長期的な影響については、多角的な視点からの考察が不可欠です。本稿では、社会学における重要な概念であるソーシャルキャピタルに着目し、シェアリングエコノミーが地域社会のソーシャルキャピタルに与える影響について、その課題と展望を学術的な視点から分析します。
シェアリングエコノミーとソーシャルキャピタルの理論的関係性
ソーシャルキャピタルとは、個人や集団が持つ社会的なネットワークや規範、信頼関係といった非公式な社会資源を指し、結束型(Bonding:内集団の結束を強める)と橋渡し型(Bridging:異質な集団間を結びつける)に大別されます。地域社会においては、隣人との助け合いや自治会活動への参加、地域イベントを通じた交流などが結束型ソーシャルキャピタルに該当し、地域外のNPOや行政との連携などが橋渡し型ソーシャルキャピタルに該当すると考えられます。
シェアリングエコノミーは、見知らぬ個人間での取引や交流を促進する性質を持つことから、主に橋渡し型ソーシャルキャピタルの形成に寄与する可能性が指摘されています。例えば、空き家を活用した民泊は、旅行者と地域住民との新たな交流機会を生み出し、地域外との繋がりを強化する契機となり得ます。また、遊休資産の共有は、経済合理性だけでなく、資源を大切にする価値観の共有や、新たなコミュニティ形成の糸口となる可能性も内包しています。
一方で、シェアリングエコノミーが地域社会の結束型ソーシャルキャピタルに負の影響を与える可能性も無視できません。プラットフォームを介した取引は、多くの場合、匿名性が高く、短期的な関係性に基づいています。これにより、従来の地縁や血縁に基づいた長期的な信頼関係とは異なる、特定の取引に限定された薄い信頼(Swift Trust)が中心となり、地域内での顔の見える関係や相互扶助の精神が希薄化する懸念があります。また、営利目的の利用が増加することで、これまで地域住民が共有してきた資源(公園、道路など)への負荷が増大し、利用を巡る軋轢が生じる可能性も考えられます。
地域社会におけるソーシャルキャピタルへの具体的な課題
地域におけるシェアリングエコノミーの普及は、ソーシャルキャピタルの観点からいくつかの具体的な課題を提起します。
第一に、既存の地域コミュニティとの摩擦です。例えば、住宅地での民泊の増加は、騒音やゴミの問題を引き起こし、隣人関係における結束型ソーシャルキャピタルを損なう可能性があります。また、地域内の遊休資産をプラットフォーム事業者が独占的に管理・運用することで、これまで地域住民が共同で利用してきた空間や資源へのアクセスが制限され、地域内の互助機能が低下することも考えられます。
第二に、プラットフォーム依存による地域内の自律性の低下です。地域独自の資源やスキルが中央集権的なプラットフォームに集約されることで、地域住民自身が主体的に課題解決や価値創造に取り組む機会が減少し、地域内での結束型ソーシャルキャピタルに基づく協働が阻害される懸念があります。また、プラットフォームの規約や手数料体系が地域の実情に合わない場合でも、それに従わざるを得ない状況が生じ、地域独自の規範や慣習が形骸化する可能性も指摘されています。
第三に、新たな格差の発生とソーシャルキャピタルへの影響です。シェアリングエコノミーの利用には、デジタルリテラシーやスマートフォン、インターネット環境へのアクセスが不可欠です。これにより、デジタルデバイドが地域内のソーシャルキャピタル格差に繋がる可能性があります。また、プラットフォームを通じた労働が不安定な形態に偏る場合、経済的な格差が地域内での信頼関係や相互支援のネットワークを弱める要因となり得ます。
課題への対策と展望
これらの課題に対処し、シェアリングエコノミーが地域社会のソーシャルキャピタルを豊かにするためには、多層的なアプローチが求められます。
一つの方向性は、プラットフォーム設計における地域特化機能の導入です。地域の慣習や文化を反映した信頼評価システム、地域住民限定のグループ機能、地域課題解決に特化したプロジェクト機能などを組み込むことで、プラットフォーム上での交流が地域の結束型ソーシャルキャピタルにも資するように誘導することが考えられます。
また、オフラインでの取り組みとの連携強化も重要です。プラットフォームを通じたオンラインの繋がりを、地域のお祭りや清掃活動、高齢者の見守り活動といった既存のコミュニティ活動に結びつける機会を意図的に創出することで、短期的な関係性を超えた長期的な信頼関係の構築を促すことができます。地域行政やNPO、自治会などが仲介役となり、プラットフォーム事業者と連携する事例も見られます。
さらに、地域住民が主体となる運営モデルの検討も有効です。協同組合や地域株式会社といった形態で、地域住民自身がプラットフォームの運営に関与することで、プラットフォームの収益が地域内に還元される仕組みを構築し、経済的な側面からも地域内の結束を強化することが期待できます。
結論
シェアリングエコノミーは、地域社会に新たな交流機会や経済的利益をもたらす可能性を秘める一方で、その匿名性、短期的な関係性、プラットフォーム依存といった特性から、既存の地域コミュニティにおける結束型ソーシャルキャピタルを弱体化させるリスクも同時に抱えています。
地域活性化の文脈でシェアリングエコノミーを推進する際には、経済的な側面だけでなく、地域コミュニティの変容やソーシャルキャピタルへの影響を深く理解し、結束型・橋渡し型双方のソーシャルキャピタルを育成・維持するための慎重な政策設計と地域レベルでの実践が不可欠です。今後の研究においては、様々な地域における多様なシェアリングエコノミーの形態が、具体的なソーシャルキャピタルの要素(信頼、規範、ネットワーク)にどのように影響を与えているのかを、定量的・定性的なデータを収集・分析することで、より詳細に解明していく必要があります。これは、持続可能な地域社会の構築に向けた重要な論点となるでしょう。