シェアリングエコノミーによる地域社会の多面的価値創出:定義、計測、持続可能性への理論的考察
導入:地域活性化における価値創出の新たな視点
近年、地域活性化の手段としてシェアリングエコノミーへの期待が高まっています。遊休資産の有効活用や新たな交流機会の創出など、多様な効果が指摘されている一方で、その効果測定や評価については、従来型の経済指標に依拠するだけでは限界があるとの指摘がなされています。地域社会にもたらされる影響は、所得増や雇用創出といった経済的側面に留まらず、社会関係資本の変化、環境負荷の増減、文化的な多様性の維持・変容など、多岐にわたるためです。
本稿では、シェアリングエコノミーが地域社会にもたらす「価値」を経済的な側面に限定せず、社会的、環境的、文化的な側面を含めた多角的な視点から捉え直すことの重要性を論じます。そして、これらの多面的価値をどのように定義し、計測することが可能か、さらにその創出が地域の持続可能性といかに結びつくかについて、理論的な論点を提示することを目的とします。
シェアリングエコノミーにおける多面的価値の定義
シェアリングエコノミーにおける価値創出を多角的に捉えるためには、まずそれぞれの価値側面を学術的に定義する必要があります。
- 経済的価値: 直接的な取引による所得、雇用機会の創出、地域内消費の喚起、新たなビジネスモデルによる生産性の向上などが含まれます。既存の経済学や地域経済学における指標(例:地域内総生産、所得乗数、雇用統計)を応用・拡張することが考えられます。
- 社会的価値: コミュニティ内の交流促進、社会的包摂性の向上(例:高齢者や障がい者の移動・参加機会拡大)、信頼醸成、ソーシャルキャピタルの構築・強化、新たな社会関係資本の形成などが含まれます。社会学や地域社会学における概念(例:ブライディング型/ブリッジング型ソーシャルキャピタル)や、社会的インパクト評価のフレームワークが参照可能です。
- 環境的価値: 資源の共有による消費抑制、廃棄物削減、エネルギー効率の向上、環境負荷の低減などが含まれます。環境経済学や生態経済学における評価手法(例:ライフサイクルアセスメント、環境会計)の適用や、新たな環境指標の開発が求められます。
- 文化的価値: 地域の伝統・文化資源の継承・活用、多様な文化交流の促進、地域アイデンティティの再確認・強化、新たな文化的表現の創出などが含まれます。文化社会学や地域文化論における概念や、無形文化遺産の評価に関する議論などが関連します。
これらの価値は相互に関連し合い、複合的に地域社会に影響を及ぼします。例えば、遊休農地のシェアリングは、経済的価値(賃料収入、収穫物の販売)に加え、環境的価値(耕作放棄地解消、景観維持)、社会的価値(地域住民の交流機会)、文化的価値(農耕文化の継承)を同時に創出し得ます。
多面的価値の計測における理論的・実践的課題
多面的価値を定義することに加え、それをどのように計測し、評価するかは極めて重要な課題です。経済的価値については既存の統計手法や経済モデルである程度計測が可能ですが、社会的、環境的、文化的価値の計測はより複雑です。
- 計測指標の設計: 各価値側面を捉えるための適切な指標を開発する必要があります。定量的な指標(例:交流イベント参加者数、共有された資源量、CO2削減量)と、定性的な指標(例:住民の主観的な幸福度、コミュニティへの帰属意識の変化、文化イベントへの満足度)の両方が不可欠です。これらの指標は、地域の特性やシェアリングサービスの性質に応じてカスタマイズされる必要があります。
- データ収集と分析: 必要となるデータは多岐にわたります。プラットフォームからの利用データ、住民アンケート、インタビュー調査、フィールド調査、既存の統計データなどを組み合わせた多角的なアプローチが求められます。これらの異種データを統合し、分析するための理論的枠組みや統計手法(例:マルチレベルモデル、質的データ分析手法、因果推論)の洗練が必要です。
- 非市場価値の評価: 特に社会的、環境的、文化的価値の多くは市場価格を持たない非市場価値です。これらの価値を経済的な尺度に換算する試み(例:支払い意思額法、ヘドニック法)もありますが、その妥当性や限界については多くの議論があります。また、経済的換算のみに終始することは、価値の本質を見誤るリスクも伴います。
- 長期的な視点と波及効果: シェアリングエコノミーの効果は短期的・直接的なものだけでなく、長期的な社会構造や慣習の変化、他の領域への波及効果としても現れます。これらの間接的・長期的な効果を捉えるための追跡調査やシステム論的なアプローチが不可欠です。
学術的には、社会的インパクト評価(Social Impact Assessment: SIA)や環境インパクト評価(Environmental Impact Assessment: EIA)の知見、あるいは統合的な評価フレームワーク(例:Triple Bottom Line, Shared Value)をシェアリングエコノミーの地域評価に応用・発展させることが求められています。
多面的価値創出と持続可能性への論点
シェアリングエコノミーによる多面的価値創出は、地域の経済的、社会的、環境的持続可能性に貢献する潜在力を持っています。
- 経済的持続可能性: 地域内での資金循環を促進し、地域経済のレジリエンスを高める可能性があります。ただし、プラットフォームフィーが地域外に流出する構造や、非正規雇用・低賃金労働の増加といった負の側面にも注意が必要です。
- 社会的持続可能性: コミュニティの結束を強め、互助機能を高めることで、人口減少や高齢化が進む地域社会の維持に寄与し得ます。一方で、新たな格差(デジタルデバイド、参加機会の偏り)を生み出す可能性も否定できません。
- 環境的持続可能性: 資源利用効率を高め、循環型経済への移行を促進する可能性があります。しかし、移動シェアによる交通量増加や、過剰な消費を刺激するような側面も考慮する必要があります。
これらの持続可能性への寄与は、シェアリングエコノミーのサービス設計、運用方法、そしてそれを支える地域ガバナンスのあり方によって大きく左右されます。多面的価値を最大限に引き出し、負の側面を抑制するためには、地域住民、事業者、行政、研究者など、多様なステークホルダー間の協働と、価値創出・計測に関する共通認識の醸成が不可欠です。
結論と今後の展望
シェアリングエコノミーの地域活性化への貢献を真に理解し、その潜在力を最大限に引き出すためには、経済的価値に留まらない多面的価値創出という視点からその影響を捉えることが重要です。そして、これらの価値を学術的に定義し、適切に計測するための理論的枠組みと実践的手法を開発することが、今後の研究における重要な課題となります。
多面的価値の定義と計測は、単なる評価のためだけでなく、シェアリングエコノミーのサービス設計、地域政策の立案、そして地域住民のエンゲージメント促進においても羅針盤となり得ます。今後、多様な地域における事例研究や、異分野の知見(経済学、社会学、環境学、文化人類学、情報科学など)を統合した学際的なアプローチを通じて、この多面的価値創出メカニズムの解明が進展し、より持続可能な地域社会の構築に貢献することが期待されます。