地域における非営利・コミュニティ主導型シェアリングエコノミーの潜在力と課題:学術的視点からの分析
はじめに
近年、急速に普及しているシェアリングエコノミーは、その多くが営利企業によって提供されるプラットフォームを中心に展開しています。これにより、遊休資産の活用や新たなサービスの創出といった側面で地域経済に一定の活性化をもたらす一方で、地域外への収益流出、非正規雇用の拡大、地域内社会関係資本への影響といった構造的な課題も指摘されています。
本稿では、これらの営利型シェアリングエコノミーとは異なるアプローチとして注目される、非営利型あるいはコミュニティ主導型のシェアリングエコノミーに焦点を当てます。これらのモデルは、利益最大化よりも地域内の課題解決や社会関係資本の強化を目的とする場合が多く、地域活性化に対する異なる経路や潜在力を持つと考えられます。本稿では、学術的な視点から、これらのモデルの特性、地域社会にもたらす潜在力、そしてその普及・持続に向けた課題について分析を行います。
非営利型・コミュニティ主導型シェアリングエコノミーの特性
非営利型またはコミュニティ主導型のシェアリングエコノミーは、その設立動機、運営主体、ガバナンス構造、そして追求する価値において、営利型プラットフォーム主導のものとは明確な差異を有しています。
まず、その設立動機と目的です。営利型が市場機会の獲得や収益を主な目的とするのに対し、非営利型やコミュニティ主導型は、地域内の特定の社会課題(例えば、高齢者の移動手段不足、子育て支援、フードロス削減、空き家活用など)の解決や、地域住民同士の相互扶助、共助の促進を主要な目的とすることが一般的です。これは、アメリア・ヒレリーによる「ソーシャルシェアリングエコノミー」という概念とも関連付けられる視点です。
次に、運営主体とガバナンスです。これらのモデルは、NPO、協同組合、町内会や自治会、あるいは任意団体といった地域に根差した組織によって運営されることが多いです。意思決定プロセスにおいては、プラットフォーム運営者だけでなく、サービス提供者や利用者を含む地域住民が参加する、より民主的・参加型のガバナンス形態をとる傾向があります。これは、エリノア・オストロムの「コモンズのガバナンス」に関する研究で示された、共有資源の持続可能な管理メカニズムに関する知見が応用される領域とも言えます。
さらに、追求する価値です。経済的な効率性や利便性だけでなく、地域内の信頼関係の構築、地域文化の継承、環境負荷の低減、社会的包摂といった、非市場的な価値や公共財的な価値の創出が重視されます。地域内での資源(時間、スキル、モノ、空間など)の循環を促進し、地域経済の「ローカリゼーション」や「内部化」に寄与する可能性も指摘されています。
地域社会にもたらす潜在力
非営利型・コミュニティ主導型シェアリングエコノミーは、地域活性化に対して以下のような潜在力を有しています。
- 社会関係資本の強化: 地域住民同士がサービス提供や利用を通じて関わる機会が増えることで、信頼や互助といった社会関係資本が強化される可能性があります。これは、ロバート・パットナムの「コミュニティ」論におけるソーシャルキャピタルの重要性と関連付けられます。孤立防止やコミュニティのレジリエンス向上に貢献する可能性があります。
- 社会的包摂の促進: 高齢者、障がいを持つ方、外国人住民など、従来の市場サービスから排除されがちな人々に対して、低コストまたは無償で必要なサービスや資源を提供することで、地域内の社会的包摂を促進する可能性があります。
- 地域内資源の有効活用: 営利性が低いために市場化されにくい、あるいは市場原理だけでは活用が進まない地域内の潜在的な資源(スキル、時間、遊休施設、未利用農産物など)を掘り起こし、地域内の課題解決や住民のWell-being向上に繋げることができます。
- オルタナティブな経済システムの構築: 地域内での非貨幣的な交換や、地域通貨と連携した経済活動を促進することで、地域内での価値循環を強化し、地域経済の自立性や多様性を高める試みとなり得ます。これは、地域経済学やオルタナティブ経済論の視点からも重要な研究テーマです。
学術的視点から見た課題
非営利型・コミュニティ主導型シェアリングエコノミーが地域活性化に貢献するためには、依然として多くの課題が存在します。
- 持続可能性と規模化: 資金調達、運営コスト、参加者のモチベーション維持など、活動を持続させるための経済的・組織的な基盤の確立が大きな課題です。また、特定の小規模コミュニティ内での成功事例を、より広範な地域や他の地域に展開(スケールアウト/スケールアップ)するためのメカニズムに関する研究はまだ十分ではありません。
- 運営能力と専門知識: プラットフォームの構築・運営、参加者間のトラブル対応、法務・会計処理など、多様な運営能力や専門知識が求められますが、非営利組織や任意団体にはこれらのリソースが不足している場合があります。
- 法規制との関係: 既存の法規制(運輸業法、旅館業法、古物営業法など)が営利目的の活動を前提としている場合が多く、非営利・互助目的のシェアリング活動との整合性が課題となることがあります。規制緩和や新たな法的枠組みの検討が必要となります。
- 活動成果の評価: 営利目的ではない活動の成果を、経済的指標だけでなく、社会関係資本の変化、住民のWell-being向上、環境負荷低減など、多様な側面からどのように評価・測定するかが学術的にも実践的にも重要な課題です。定性的な成果を定量化する手法の開発や、長期的な追跡調査が必要です。
- 参加者の権利と責任: サービス提供者・利用者の双方が、ボランティアなのか、コントラクターなのかといった曖昧さから生じる権利や責任に関する問題、トラブル発生時の補償や紛争解決メカニズムの設計も重要な論点です。
まとめと展望
地域における非営利型・コミュニティ主導型シェアリングエコノミーは、営利型とは異なる動機、構造、目的を持ち、地域社会の課題解決や社会関係資本強化に貢献する潜在力を有しています。その学術的な意義は、既存のコモンズ論、社会運動論、協同組合論、地域経済学といった様々な分野の知見を統合し、新たな地域社会の形成原理や持続可能な地域経済システムの可能性を探求する点にあります。
しかしながら、持続可能性、規模化、法規制、成果評価など、多くの構造的な課題が存在します。これらの課題克服には、地域特性に応じた多様なモデルの開発、行政や既存の地域組織との連携強化、そしてこれらの活動を支援・促進するための政策的・法的な枠組みの整備が不可欠です。今後の研究においては、国内外の先進事例の比較分析、具体的なガバナンス設計の成功・失敗要因の解明、多様な価値を測定する評価手法の開発などが重要な方向性となると考えられます。
本稿が、地域におけるシェアリングエコノミーのあり方、特に非営利・コミュニティ主導型モデルの可能性と課題に関する議論を深める一助となれば幸いです。